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第ニ夜(2)

 青空めざして白球が飛んでいく。

 睡眠時間が少ないので頭の中は今日もボケボケなのだけれど、天気も上々だし、寄せ集めの町内会少年野球チームもだんだんいい動きができるようになったし、今日の葉介はずいぶんと機嫌がいい。

 最初に町内会長にコーチを頼まれた時は「キングオブ草野球バイへっぽこ集団」て感じで、たとえ連合町内会主催と言えども、巨○の星でも目指すのかと思われるほどマジな連中がしのぎを削っているトーナメントにとてもわが町内会が生き残るとは思えなかったのだが、運とまぐれで初戦を突破できたのがなぜだか葉介のおかげだということになって、選手の目にもようやく炎が宿るようになったところである。

 まあへっぽこなのは全然変わっていないけど。(笑)

 「千本ノック」とか称して、誰も取れそうにないとこに
バシバシ球打ち上げるんだけど、これがなかなか、ストレス解消にキクんだよなぁ。

「おーい。今日はこれで終わりにするからー。ちゃんとアップしてから終われよー」

 大声でグラウンドに呼ばわると、「はーい」という元気な返事をして、選手たちがこちらへと上がってきた。

 ああ少年の汗は気持ちがいい。(役得)

「なーなーよーすけー、休みとか彼女とどっか行ったりするのん?」

 汗を拭き拭きしながら、近所のアパートの小学生が尋ねてきた。
ここらへんが、巨○の星を目指すチームと違うところである。コーチ呼び捨て。(笑)

「休みはなーおめー、洗濯とか掃除とかするに決まってるだろ。
コーチはおめーと違って普段お仕事してるんだぞー」←だいたい態度がコーチらしくない

「だせー」「だっせー。彼女いねーんだ!」

「フラれたんだろ、よーすけ」

 葉介のふてくされた返事を聞いて、好奇心いっぱいの子供たちがこちらへ群がってきた。

「余計なお世話だってーの!」

「だから、こないだ町内会長さんが彼女紹介してやるって言ったの、
頼めばよかったのにー」

「あ、てめ、なんでそれ知ってる」「お母さんが言ってたもん」

 とたんに、「彼女作れよ」コールがあたり一面に広がる。

 もう、これだからガキどもは……、と思いながらも一瞬、なぜか口がにやけた。

 にやけて、すぐに、ぷるぷると頭を振った。

 ……あー、ああ言うのって、彼女って言わないもん。
でもよ、別に、いまはいいじゃん。
限定期間つきだけどさ、つきあってることにはかわりねーもん』

「じゃじゃーん。俺にだって彼女くらいいるぞー。
ちゃんとつきあってんだぞー。ざまーみろ」

「えー!ようすけ彼女いるのー?かいしゃのひとー?」

「ひょっとして今川せんせいじゃねーの?」

「残念でしたー。違うねー。教えてやんねーよーだ」「えーおしえてー!」

「あーっ!よーすけスケベ笑いー!」「スケベ笑いだー!」

「誰だれ?教えてー!」「すけべすけべー!よーすけのすけはスケベのすけー!」

 子供たちの聞きたがる声をうるさそうに手で払いながらにやける葉介、

 ……こっちのほうがてんで子供である。

 ……

 さて、チビハゲこと係長の「おまえはウチの社の誇りだよー♪」というよいしょと、あんましありがたくない「ちう♪」をもらった葉介は、本日も元気に新規開拓に出発した。

 自分でつくったこの地域のマップは、大方埋まった。ある程度規模の大きい会社も2,3受注してくれたし、もう少し増やしていったら、きっと定期便をつかって効率よく配達できるようになるだろう。

 あとは、顔をつなぐのが大事だよな。
この業界、とかく「安さ」がものを言う。
最低の価格を提供できないのであれば、
あとは品揃えと納品の速さで差をつけるしかない。

 ……どの会社も必死なんだよな、実際。

 手帳をカバンにしまい、襟を正して一つのビルのロビーに入った。

 きょろきょろと見回すと、社員たちが、いそいそと書類を持って走り回っていた。

 「東都情報サービス」。

 中堅クラスの事業所なんだけど、斬新なアイディアとサービスの細やかさで、小中企業の顧客を伸ばしているシステム開発関連の会社って聞いた。

 見回しながら情報を収集していると、ロビー横の階段から、ばたばた足音をさせて、見覚えのある奴が降りてきた。気がついた葉介が何か言う前に、そいつはもう自分を発見して、実に人懐こい笑顔を見せて、こっちに歩み寄ってきた。

「あ!ようすけさんだ!」

 指をさして、そいつは言った。

「坂東さんとこで会いましたよね?俺のこと、覚えてます?」

「ああ、分かりますよ、ひのかみさんでしょう」

 ……俺は「木内」だってーの、……と、言いたいのだが、
聞きゃしないな、この人。

「どーしたの?営業で外回り?
何屋さん?……あー、紙とか文房具とか?
俺、総務の女の子と仲いいんだ。口利いてあげるよ。一緒に行こ」

 言うが早いか、腕をとって、歩き出した。

 なんだか、妙にフレンドリーだな。と、葉介は思った。
これはどうも、「知り合い」というより、「同志」だという感覚なのだろう。

 まあ、それも悪くないけどね。
ゲイが世の中渡るには、少しでも確実な味方を増やしていくのが大事なんだ。

「樋上さん、ここのエンジニアなんですか?」「うん」

 なんか、同じスーツ姿なのに、いかにも「ホワイトカラー」って、感じだなぁ。

 と、葉介は思った。

「営業?」「うんにゃ、企画のほう。たまにプレゼンとかも請け負うけどね」

「どうもそう見えないなぁ」「よく言われるんだよね」

 樋上は、悪びれなく答えた。

 葉介は相槌をうちながら一緒に笑ったのだが、こっちを見た顔が、なんとなくむくむくと鼻をもたげているように見えるのは、どうやら錯覚ではなさそうだ。

「……ねーねー!ところで!」

 階段の陰になるところまで来ると、急に腕を引っ張って、物陰に引きずり込んだ。

 そして、いかにも好奇心いっぱい、という顔で、樋上は葉介に聞いてきた。

「……あれから、どうしたの?」 「え?」

「またまた隠しちゃだめだよー。あん時、片桐さんとどっかに消えたじゃない。
あれからどこかに『しけこんだ』んでしょ?……うまくいった?」

 どうやら「さっきから聞きたくて仕方がなかった」とでも言いたげな感じである。

「え、え……まあ……」

 葉介は、少し口ごもったあと、

「樋上さん、片桐さんのこと、知っているんですか?」

 こう尋ねると、樋上はぶんぶんと首を縦に振った。

「片桐さんの会社、ここの向かいでしょ。地下街とかでよく顔とか会わせるし」

「へぇ」

「坂東さんの店で、一緒に飲んだことあるもん。
一回飲んだら、みんな友だちー」

 あらららら。それはまたお気楽な……

 樋上は、にこっと笑って、続けた。

「片桐さん、一見冷たそうに見えるけど、話してみればけっこういい人なんだよね。笑った顔が、すっごくやさしいよね」

 ……何?

 口の中でもごもごとあいまいな返事を返した葉介に、樋上は照れていると思ったのか、笑いながら、ぽんぽんと肩を叩いた。

「それに、えっちもうまそうだしさ~。(えへへ)

 ようすけさんと片桐さんって、お似合いだと思うよ。
がんばってね。俺、応援してるから」

 ……あいつは、俺の前で笑ったことなんかない。
ただの一度も、笑ったことがない。

「床上手なのは認めよう」「わはは、それが一番♪(にやにや)」

「でも、性格は悪いぞ」

「そっかなー?一緒に飲んだときは、そんな感じしなかったよ?」

「すっげー悪いぞ」

 なんとなく悔しかったんで強調してもう一度言った。

 すると樋上は「?」マークを頭上に掲げ、ちょっと首をかしげた。

「ところで」

 そっちが好奇心旺盛だったら、こっちも聞きたいこと聞いてやろ。

 何考えてるのか分かんねー悠馬のことよりも、今はこっちのほーが聞きてーや。

「じゃあ、反対に聞くけど……浅田さんの抱き心地って、どーよ?」  「え?」

 ……それは、『待ってました』、の笑みだな。と、樋上の顔を見ながら葉介は思った。

「いやー照れちゃうなー。恥ずかしいなー」

 樋上は、しきりに照れて、鼻をむずむずさせながらも、しっかと引き寄せて、それからひそひそ話で告白しやがった。

「そりゃーもちろん、サイコー♪」「さいですか……」

「いやーもう、この前なんかこのへんがああしてこうしちゃってさー」

 葉介も当然身を乗り出す。

「ほう、それではあのへんはこの感じでああですな?」

「それで、あそこはそこであんなふうでそうでして」

「ほうほうそれで、なにのほうは?」

「なんとああしてこうしてそうなっちゃったりするんですよ!」

 同じ道を歩むもの同志、情報交換をしていると、

「樋上」

 と、誰ぞがこちらを呼ばわった。

 近づいてきた男性の顔を見て、さすがの葉介も目を丸くした。
それがうわさのご当人だったからだ。

「あ、課長、すいません」

「こら、みんな、コピー待ってたぞ」

 まーたこんなところでサボっているなと言わんばかりの顔で浅田は樋上をにらみつけた。

「……え?……課長さん?」

 その男の顔を見て、葉介は驚いて言った。

 樋上が外部の来客と会話をしていたのだ、と気がついたので、浅田は近づくのをやめようとしたが、彼もまた、葉介のことを思い出したらしい。

「あ、この前の…」

 小さな声で、言った。年の割りに落ち着いた、大人びた声だった。

「……『ようすけ』、さん」

 そう言って、会釈した。

「……○○××社の、木内です……」

 どーせ誰もそう呼ばねーだろうとは思ったが、一応言うだけ言っておこうと思って、葉介は頭を下げた。

「このまえは、失礼いたしました」「いいえ、とんでもございません」

 ……あらあら、平然としちゃってぇ。

   昼間の顔からはサイレント・エッジでのすっげーあたふたしていた様子、
全く想像できないな。

 気を遣って当たり障りのないことを言ってやってんのに隣の子分が、

「ねー浅田さん、ようすけさんさー、やっぱりこないだ片桐さんと……」

 と、デカイ声で言いかけたので、彼は浅田のファイルの角による直撃を受けた。

「……課長さんだったんですね」「……恥ずかしながら」

 何も無かったように話す浅田の横で、樋上が頭を撫でている。

 ……おおおおすげー。同じ課の上司と部下かよ。だいたーん。
ネームタグに書いてある所属課が一緒だぜ。

 ……それにしても、こんなあぶなっかしい奴と毎日顔つき合わせてんだったら、
さぞ気を遣うだろうな。この人。

 ……俺なら、絶対係長となんて願い下げだけどなー。←だれもそんなことは言っていない

「いま、ロビーでたまたま樋上くんに会って、総務課を紹介していただけるということになって」

 葉介の言葉を聞くと、浅田は、こんなことを葉介に提案して、にっこりと笑った。

「そうでしたか。それなら、私も今ちょうど用事があって行くところですから、一緒に顔を出しましょうか。……そのほうが何かと心強いでしょう?」

「それは助かります♪」

 表面では普通に話していたが、葉介の心の中はもう萌え萌えである。

 ……確かにこんな風に微笑を浮かべられると、ぐらっとくるぜ同類!

 ……この人のここら辺がああしてこうしてこうなったか!

 ……うれしくて、仕方がないんだな、樋上さん。
そういう気持ち、俺も分からないこともないよ。

「いいなー、樋上さん」 「そう?そう思ってくれる?」

 樋上の横でぽつんとつぶやいた葉介に、樋上はうきうきした声で言った。

「俺も樋上さんくらいの頃、一番幸せだったよなぁ~」←注・葉介くんのほうが年下です

「ちょっとー。縁起でもないこと言わないでくださいよー!」

「……冗談ですよ」

 葉介は、こう言って、舌を出した。

「ここですよ、総務課」

 前を歩いていた浅田の声に、葉介は足を止めた。

 ……今は?どうなのかな。

 と、葉介は思った。

 ……どうにもならないことに、胸ときめかすのは、もうやめることにしたのにな。

 彼らを見てると、決心がぐらついてくる。

 ……「もしかしたら」、なんて、ありえないことを考えてしまう。

 顔に営業スマイルを貼りつけたその内側で、葉介は一人つぶやいていた。

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